【ウィズダムを売る老婆】タルムード 対価(犠牲)なしで賢明さは身につかない

ある村に貧しく若い夫婦が住んでいた。

あまりに貧しいので、男は出稼ぎに行くことにした。

 

遠い町で八年間働き続け、節約を重ねて袋にいっぱいの金貨を貯めることができた。

男は、さあこれで妻の元へ帰ると、徒歩で二十日間もかかる道のりを急いだ。

 

いよいよ最後に泊る宿を求めてある町に入ったところで、男は金貨一枚を使って、待っている妻に何かお土産を買って帰ろうと思った。

しかし、市場には何も気にいったものがなかった。

お土産を諦めて宿に帰ろうとしたとき、市場の片隅で老婆が座って何かを売っていた。

 

男は興味を持って、その老婆に「何を売っているんですか」と聞いてみた。

すると老婆は、「ウィズダムを売っているんですよ」と、しわくちゃの顔で答えた。

「そのウィズダムを売ってください」と男が言うと、「それでは、その袋に入った金貨全部支払ってくだされや」と老婆は返事をした。

 

男はあまりにも値段が高いので驚いたが、ウィズダムは何にも増して価値があるものだと思い、金貨を全部渡した。

 

「では教えよう。第一に、同じ目的地に行く道が二つあったら、決して近道をしようとしてはいけない。時間がかかっても安全な大きな道を行きなさい。第二に、あなたの頭の中に怒りがこみ上げてきても、それをその場で爆発させてはいけない。一晩お待ちなさい。翌朝の考えがあなたを正しい道に導くでしょう。」

 

男は老婆の言ったウィズダムの意味を考えながら、宿に戻ろうとした。

しかしふと我にかえって急に不安になった。

「あのウィズダムに袋いっぱいの金貨の価値があるのだろうか」と、老婆のいた所に駆け戻った。

 

そこには老婆の姿はなかったが、座っていた場所にユダヤ人が肩にかけるショール、タリートが置いてあり、その下に先ほど支払った金貨が置かれているのを見つけた。

男は不思議に思ったが、タリートの下の金貨を取り戻した。

 

翌朝、馬車に乗り、家路を急いだ。

山道に差し掛かると、道が二本に分かれていた。

一つは山を迂回して行く普通の道、もう一つは山を越えていく険しい道だった。

 

険しい道のほうが近道だったが、そのとき肩にかけていたタリートに手が触れ、男は老婆に教えてもらったウィズダムを思い出した。

そして、馬車の御者に時間がかかっても普通の道を行くように指示した。

故郷の村に着いて聞いてみると、山道でがけ崩れがあり、ほとんどの馬車が谷底に転落したということだった。

 

男の到着は深夜だった。

家に一瀉千里に駆けつけようと思ったが、妻はもう寝ているかもしれないと思い、近くの宿で一泊することにした。

 

宿に入ると、なんとそこで妻が宿の給仕をしていた。

ところが、妻は夫を見ても素知らぬ顔。 まるで他人に接するような態度で自分に給仕をするので、男は無性に腹が立った。

「八年間も俺が働いて帰ってきたというのに、素知らぬ顔というのは一体どういうことだ。きっと他に男ができたに違いない」

 

そう決めつけて、男は妻を大声で怒鳴りつけようとした。 その時また、肩にかけているタリートに手が触れ、老婆のウィズダムを思い出した。

ここで爆発してはいけないと、一晩待ち、家に帰ってドアを開けると、妻が男に飛びついてきた。

 

「ああ、やっぱりあなただったのね。あなたによく似た人を宿で見かけたんだけれど、立派な服装をしているので他の人かもしれないと思って、声をかけられなかったのよ。ああ、よく帰ってきてくださった。うれしい」

「いや、俺こそ声を掛けなくて悪かった。きみが素知らぬ顔をしているものだから、俺のことなど忘れてしまったのかと思ったんだよ」

 

二人は抱き合って再会を喜んだ。

その後、二人は力を合わせて仲良く幸せに暮らしたということだ。

 

 

ウィズダムにはお金を払うー対価(犠牲)なしで賢明さは身につかない

ここで老婆が男に与えたウィズダムは、「何事にも 熟慮と慎重が大事」ということだ。